ゆる日記

料理や家事、旅行記、今日思ったことなどなどを書いていくブログ。忘れたくないことを順々に

地震の朝のこと、防災意識のなかった我が家で慌ててした対策とこれからの話

こんにちは。Jです。

昨日の朝、大阪を震源とする大きな地震が起きました。

 

神戸も揺れました

私は今、神戸に住んでいます。

昨日の地震では震度4を観測した地域に該当します。

そして地震の瞬間は、家で一人。タイミング悪く、シャワーを浴びていました。

お風呂から出ようとした時がその瞬間だったため、最初は立ちくらみが起きたと思いました。

しかししゃがみ込んだら、床がぐわんぐわんと揺れ、食器が当たる音が聞こえてきて、「ああ、これは地震」だと気づきました。

その瞬間、家の中でもお風呂は安全だと判断し、脱衣所への扉だけ開けて、床に座って揺れが収まるのを待ちました。

数秒だったかもしれませんが、記憶の中では10秒は揺られていた感じがします。

覚えていることは、すごく、気持ちの悪い揺れだったということ。

ゆら~っと、重力とは違う力を感じるような。

 

部屋の中の状況

お風呂場に聞こえるほど食器棚がカタカタと言っていたので心配しながら部屋を見てみると、カラーボックスの上の物と中に入っている物が床に落ちていました。

それ以外に家電が倒れたり、何かが割れたりということはありませんでした。

 

地震で分かった家具選びの反省点

気になったこと。

いろんな家具・家電がある中で、部屋の中で物が落ちていたのは、【カラーボックス】に入っていたものだけ。

しかも、別の場所にあるふたつのカラーボックスの両方とも、物が落下。

やはり分かってはいたものの、あのヤワな家具では少しの揺れでも倒れたり歪んだりしやすいということでしょう。

安価で軽いのが持ち味ですし、低く置いて使う分には問題はそれほどないと思いますが、地震の起こる国に住む以上、重い物や割れ物、大切な物を置くには適していないと感じました。

縦型の本棚に使うなんてことはしないようにしたいと学びました。

横型で倒れても人が巻き込まれないような物ならまた別かもしれませんが、中の物が散乱することは避けられないと思います。

 

揺れが収まったら部屋の点検を

部屋の点検後、それほど問題がなかったので、まずは今後に備え、玄関へ続く扉を全て開けた状態にしました。

落ちた物は元に戻しつつ、前と異なる配置にしたり、

簡易的ではありますが、食器棚の取っ手に家にあったヘアゴムをくくりつけて簡単に開かないようにしたり、

割れたりしては困る、替えのきかない食器や美術品は一時的に、比較的安全であろう場所に移動させました。

手に届く簡単な範囲でまずは余震に備えました。

(大がかりなレイアウト変更や対策などをして、本震のあとすぐの大きな余震に遭っては大変なので、無理はしない)

 

ずっと揺れている感覚

地震のあとすぐ、家族や友人から続々と安否確認の連絡をもらい、自分の人の事を気にする余裕の無さを反省しました。

全裸で地震は個人的にすごくショッキングだったみたいです。

夫の親族も、大阪に住む友人も、揺れによる被害はあれど、ケガはないようで一安心しました。

 

しかしながら、余震は続きました。

夫は通勤中の電車で地震に遭い、駅間で緊急停止したため、電車に箱詰め。

私はマンションの7階にひとり。

大きな被害はなかったものの、どこか不安で、小さな物音でも体がビクッと震えます。

窓の外からひっきりなしに聞こえる救急車や消防車のサイレンにもドキドキしました。

余震は大きなものではないものの、これほど頻繁に起こるものなのだと、大きな地震を経験したことのない自分にとってすごく驚きでした。

そして、連絡を取っていた友人と共通したことは「ずっと揺れている感覚がある」ということです。

 

これ、調べてみたら「地震酔い」っていうものらしく。

不安によるストレスも一因とのこと、できるだけリラックスを。

一人になると不安なら、誰かと一緒に。

私も夫が帰宅したあとはすごく安心しましたよ。

今は一人なので、また揺れているような感覚に怯えながら、気分を紛らわせようと昨日のことをここに書き記しています。

 

出勤も帰宅も困難な状況と、JRさんの信頼感

夫はというと、先にも言いましたが、通勤時の電車の車内にて地震に遭いました。

緊急地震速報が一斉に鳴り響くと同時に急停車し、地震の揺れも体感したとのこと。

大阪行きの電車でしたが、運悪く駅と駅の間にて緊急停車したため、2時間、電車に閉じ込められていました。

しかし、その間、車掌さんによるトイレのある車両等、適切なアナウンスがあり、また車内にいた通勤中のJR職員の方々の対応もとても良かったと聞きました。

結局2時間後に、復旧困難ということで、線路上の電車から降りて近くの踏切から一般道へ誘導されたそうです。

 

大変なのは、その後です。

降車手配された場所から自宅まで、電車では20分程の距離ですが、徒歩ではなんと3時間。

我が家には自家用車がないため私が迎えに行くこともできず。

(※もちろん、こういった時ですのでできる限り緊急車両を優先するためにも、自家用車の使用は控えた方がよいと思います。この日は高速も通行止めになり、国道もものすごい渋滞で混乱を極めていました。余震を考えると安易に外に出るのも危ないです。)

タクシーもバスも長蛇の列だったそうです。

頼れるのは自分の足のみ。

なんとか神戸市内ではバスや地下鉄も遅れながらも運行していたので、全て徒歩ということもなく、2時間と少しで帰宅していました。

ちなみに中央区内にはコベリンという自転車シェアサービスがあるので、ポートの範囲内であれば、それを利用するのも手です。1時間100円です。

こういった帰宅困難時、どのような経路・手段であれば安全に帰宅ができるのか。

今まで全く考えたことがなかったので、今後のために、被災していない方であってもルートを一度調べてみるとよいかもしれません。

 

 家でふたりでやったこと

 弟から届いたLINE。

「東日本の時も熊本の時も、最初の地震から3日間大きな地震が続いたから、まだ気を緩めちゃだめだよ」

本震だと思っていたら、より大きな地震があとに来る。

高校2年になった弟からの連絡にハッとしました。

もう大丈夫とどこかで思っていたので。

(そして彼は、いつの間にこんなに人を想う大人になったんだろう)

 

そこで、まずは毛布と家にある食料や飲料を重くない量だけ玄関に置くことに。

そしてベッドの横には厚めのスリッパを。

玄関までの全ての扉を開けたままに。

倒れてきたらこわいものは、倒れても平気な場所、あるいは倒しておいて。

 

そういった小さな対策をできる範囲でしていく中で、ひとつだけ気がかりは、寝室のタンスでした。

2m程の大きなタンスなのですが、真ん中で分かれるセパレートタイプだったので、お疲れの夫には申し訳なかったけれど、上段を下ろして横一列に並べることにしました。

これで、寝てる間にものが倒れてケガをする心配はほぼなくなり。

寝付きは悪かったけれど、なんとか一夜を過ごしました。

 

これからのこと

まだ余震の心配なしとは言い難い状況です。

ただ、これまで27年生きてきて、大きな地震に遭ったことのなかった私はたくさんの反省をしました。

インテリアを考えるのが好きと言いつつ、倒壊の危険をほとんど考えていなかったこと。

地震のあと、避難をするならブレーカーを落としガス栓を締めて出ていかないといけないということ。

そして何より、揺れた瞬間に自分が何もできなかった事実。

 

何もできないからこそ、何もできなくてもケガをしない、火災や爆発が起こらないシステムを作っておくべきだということ。

 

たくさんの防災に関する有益な情報が調べなくてもSNSで流れてくる今だからこそ、被災していなくてもちょっと読んでみよう。

頭の片隅にあれば、いつか何かに役立つと信じて。

 

無知、無防備では、自分と自分の大切な人を守ることはできません。

もしもの「いつか」のために、昨日知らなかったことを今日はできるように。

地震で起きる悲しい現実が少しでも減るように、明日を生きていきたいです。

https://www.instagram.com/p/BkMifWgHKYJ/

あじさいの咲き誇る季節にて。